あそびと学び

創立から一貫して

1523年(大永3年)以来、学問所(檀林)として多くの学者を育ててきた泉谷寺の伝統を受け、昭和30年(1955年)4月1日小机幼稚園を開園し、以後、幼児の心と身体、そして意欲を育むことを第一に、日々の保育に取り組んで参りました。

保育の根底に流れるのは、「子どもは、あそびの中で学び、育つ」という考えです。
幼稚園は小学校や中学・高校と同じ学校で、国の定める幼稚園教育要領に基づいた活動を行い、その教育要領を基に全ての幼稚園は独自の教育課程を編成します。

小机幼稚園では、子どもたちの姿を鑑み、入園から修了に至るまでの長期的な視野をもって、充実した生活が展開できるように配慮し、日々の保育を行います。

創立から一貫しての写真

あそびの中の学び

文部科学省は、幼稚園の活動は「あそびを大切にした教育」とホームページ「幼稚園ってなあに〜学校教育のスタート〜」で述べています。
“あそび”は幼児にとって総合的な学びの場です。人間関係や言葉、運動能力や意欲が育つ“芽”がそこにはあります。
大人(保育者)の「これをやりなさい、覚えなさい」といった投げかけに、受動的になりがちな活動と違い、自らの意思・意欲を持って、能動的・主体的に取り組むあそびの方が、より深く、そして総合的な学びに繋がります。まさに「好きこそものの上手なれ」ではないでしょうか。
とは言え、“放任”のあそびでは「一人ひとりの子どもの成長」が、より豊かなものとはなりません。その子のことを理解した保育者が関わることで、より豊かな成長へと繋がるのです。

あそびの中の学びの写真

あそびの中の学びの写真

例えば、砂場でシャベルの取り合いでケンカになった子がいたら、「ケンカはダメでしょ、お友だちに貸してあげなさい」や「ジャンケンね」と保育者が指示を出すのは簡単なことですが、それでは言われたことに従うだけになってしまいます。先ずは双方の思いを聴いて、その思いを相手に伝えた上で、「シャベルは一つしかないけれどどうしたら良いと思う?」という投げかけをすることで、自ら考え判断することに繋がります。

現に、「言われたことはできるけど、自分で判断し行動できる人が少なくなっている」という話は、よく耳にします。クラスや学年、園全体で子どもたちに、「こういうときはこうしなさい」というのは簡単ですし、気をつけないと保育者はその事で満足してしまいます。果たして、そのような関わりで子どもたちに何が育つのでしょうか。あそびという子どもの主体的な活動の中で、保育者が関わり援助する方が、実体験を伴い、自ら考え行動するようになるのではないでしょうか。

特定の時間に体育的な活動に取り組むことと、毎日のあそびの中で走り回ったり、遊具であそんだりすることと、どちらが子どもの運動能力の向上に繋がるでしょうか。
覚えなさいと言われた文字と、興味関心を持って、「先生、これなんて読むの?」と教えてもらった文字、どちらが身につくでしょうか。

アメリカの哲学者ロバート・フルガム氏は著書「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」で、人との関わりや生きる知恵は幼稚園の砂場(あそびの中)で学んだと述べております。

まさに“あそびは学び”なのです。

あそびの中の学びの写真

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もちろん、あそびだけではなく、一斉活動としてクラスや学年、園全体として取り組む活動もあります。
しかし、あそびの中で子どもたちと関わる保育者は、そこにいる子どものことを知らなくてはなりません。

当園では、全ての保育者が全ての子どもの顔と名前がわかる中で、情報を共有しながら日々の保育の中で子どもたちに援助を行っています。

文部科学省HPより 幼稚園ってなあに 〜学校教育のスタート〜